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沖縄戦終結から65年…どうする?基地問題。

沖縄戦終結から65年…「慰霊の日」戦没者悼む
6月23日12時27分配信 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100623-00000564-yom-soci

沖縄県は23日、戦没者を悼む「慰霊の日」を迎えた。
沖縄戦の終結から65年。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の県外移設を求める県内世論が高まるなか、最後の激戦地だった糸満市摩文仁(まぶに)の丘にある平和祈念公園で「沖縄全戦没者追悼式」が開かれた。
正午から参列者全員が黙とうし、戦没者の冥福を祈った。その後、仲井真弘多(ひろかず)知事が平和宣言を読み上げ、沖縄の基地負担の軽減、同飛行場の危険性除去の実現などを訴える。就任後初めて沖縄入りした菅首相もあいさつする。
沖縄戦の犠牲者、県外で亡くなった沖縄県出身者の名前が刻まれた「平和の礎(いしじ)」の刻銘碑には今年、新たに80人の名が加えられ、総数は24万931人となった。

太平洋戦争末期、本土決戦止む無しという状況の中、アメリカ軍は沖縄に上陸した。

壮絶な戦いを展開したのち、大多数の尊い犠牲者を出し6月23日、沖縄戦は終結した。

詳しくは、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84%E6%88%A6

これよりアメリカによる沖縄の実効支配が始まった。

終戦後、沖縄は本土から分離され、アメリカ統治による「琉球政府」という傀儡国を樹立、対共産圏を睨む軍事基地としてアメリカ軍の極東の拠点とされた。

以来返還された1972年まで、沖縄を訪れるにもパスポートを必要とされる時代は続いた。

こうしたアメリカ支配の中で基地は増設され、今日ではアメリカ軍施設の74%が沖縄に集中することとなった。

60年安保、70年安保、その後の日米交渉を経た中でも沖縄の負担軽減は遅々として進まず、結果として沖縄に負担を強いることとなった。

鳩山前首相は、こうした状況を改善させるべく取り組んではみたものの手詰まりとなり、国外、県外移転は果せなかった。

期待した沖縄県民の怒りは頂点に達し、「裏切られた」という思いは当然だと思う。

65年経った今、この「慰霊の日」を契機に、ある意味、本土の盾となり、沢山の犠牲をはらい終戦を迎え、平和日本の礎となった「沖縄」に対し、国民共有の問題として「基地問題」を考えるべきではないだろうか?

沖縄返還時の「核抜き本土並み」とは程遠い現状を決してスルーしてはならないと思う。
そうした面では、「謝罪と感謝」を述べた菅首相に、硬直した局面打開を期待したい。

以前、沖縄返還運動でよく歌われていた、「沖縄を返せ」・・・。
http://www.youtube.com/watch?v=kmigP1jacbY

固き土を破りて 民族の怒りに燃える島 沖縄よ
我等と我等の祖先が 血と汗をもて
守り育てた 沖縄よ
我等は叫ぶ沖縄よ 我等のものだ沖縄は
沖縄を返せ 沖縄を返せ

今は接収されたり、提供を余儀なくされた「沖縄の土地」を沖縄県民に少しでも返還されるよう力を注がなければ、沖縄決戦で失った尊い魂は浮かばれまい。

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